2018年ロシアWカップサッカーは、フランスの優勝で幕を閉じました。
色々な面で話題も豊富だった大会だったと思いますが
個人的にはVARの導入が興味深かったです。
重要な局面での誤審を防ぐ為に、ビデオ判定をするというもの。
決勝戦では、これがまた論議の対象になる判定もありましたが
全体を通しては、導入は正解だったと思います。
自分はサッカーの経験は学校の体育の授業位なので、
高校生の時に全国制覇したゴールキーパーの知り合いの方に意見を聞きました。
大賛成と答えられると思ったのですが、
意外にも、選手はやりにくいでしょうね…
という回答でした。
つまり、ペナルティエリアではデフェンスはビデオ判定によりファールを取られやすくなるんじゃないかとの意見でした。
成る程〜…
トップを取ったことのある経験者はちょっと見るところが違いました。
サッカーでの誤審と言って真っ先に思いつくのが
マラドーナの神の手…
ああいうシーンは今後殆どのありえなくなっていくんでしょうね。
スポーツ界全体を通しての誤審として最も記憶に残っているのが
シドニーオリンピックの男子柔道100kg超級決勝での
篠原信一選手の内股すかし一本をまさかの判定で取ってもらえなかった事ですね。
自分はスポーツには国民の中にDNAが刻み込まれていると思っています。
柔道というのは特にそう思うのですが、
欧州の選手がどんなに強くなって、国際大会で優勝しても
柔道の本質と少し違う部分があるように思います。
日本の柔道会もそれは十分に認識していて、ルール改正を柔道本来の姿になるように
日本の関係者の努力もあり、行われています。
そう考えるとサッカーというスポーツのDNAが日本人に刻まれるまでには
もう少し時間がかかるように感じます。
その時には日本流の進化したDNAなんでしょうね。
誤審や審判の判定というのは、当事者にとってはその後の人生が全く変わってしまう可能性もあります。
そう考えた時、ゴルフの特殊性を感じます。
ゴルフは自らが審判
よく言われる言葉ですね。
ただし、プロ競技の場合はルールの裁定に競技委員が立ち会いますし
時にはテレビ画面を見た視聴者からの指摘で罰打が加えられることもあります。
最近の有名な事件では、
2017年の女子メジャー初戦、ANAインスピレーションでのレキシー・トンプソンのペナルティでしょう。
グリーン上でマークした場所と異なる場所にリプレースした事と過少申告が重なり4打罰を課せられた試合です。
これもテレビの視聴者からの指摘でした。
個人的にはこのシーンをビデオで見ると、何らかの意思を持ってボールの位置を故意に変えているように思っています。
ただし、真相は本人にしかわかりません。
まさに審判は自分というゴルフの真価が問われる場面でした。
この試合は結局最終日の12番ホールでこの4打罰(3日目のプレー)を言い渡され、
プレーオフで敗れています。
このような事件があり、来年からは様々な点でルール改正が行われます。
より簡素化して、ペナルティの適用も少し緩くなります。
自分が審判である
というのは厳しい反面、幸せな事なんだという事を
VARの導入されたW杯を見ながら思いました。