8月17日はインドネシアの独立記念日(Independece Day of INDONESIA)です。
ん?
どこから独立したの?
日本から?
調べてみました。
ウィキペディアで
インドネシア独立宣言
を見ると
1945年8月17日 スカルノがハッタの立会いの元、インドネシアの独立を宣言する文言との事。
ちなみにこの独立宣言書が現在の10万ルピアの紙幣のデザインになっている。
スカルノさんもハッタさんも紙幣に描かれています。
(インドネシアの空の玄関は、スカルノ・ハッタ国際空港ですね)。
一人の人の名前と思っている人も多いのではないかなぁ?
さて、さらに読み進めると
“終戦翌日の8月16日、前田精海軍少将はスカルノとハッタを自らの公邸に受け入れ、インドネシア独立宣言の打ち合わせを行った。(中略) 後にインドネシア共和国初代外務大臣となるスバルジョは自著の中で、1945年8月17日未明に行われた独立準備委員会による独立宣言に関する会合について「こうして、一人の勇敢な日本海軍少将の家での、忘れることのできない夜の会合は終わった。」と述懐している。1976年(昭和51年)、前田は建国功労章を授与された。”
ん?
日本の軍人前田精海軍少将が建国功労章を授与されている??
独立した相手の軍人に章を授与?
少し違和感がありますよね。
インドネシア独立戦争
を見てみましょう。
長いです(泣)。
“インドネシア独立戦争は、日本が第二次世界大戦で連合国へ降伏した後の旧オランダ領東インドで、独立を宣言したインドネシア共和国と、これを認めず再植民地化に乗り出したオランダとの間で発生した戦争(独立戦争)。1945年から1949年までの4年5ヶ月にわたる戦争で、80万人が犠牲になった。”
何??
第二次世界大戦が終結したのは、1945年の8月15日。
日本は当然?祝日になっていませんが
お盆の時なので多くの方が田舎で過ごし、
高校野球の夏の甲子園で黙祷をする日です。
その直後…
独立宣言をしたことを認めないオランダとその後、独立戦争をしている?
じゃ日本から独立したんじゃないじゃん(驚!!)
もう少し、調べてみました。
1944年7月に当時の日本は東條内閣が倒れ、小磯内閣が生まれます。
*** 抜粋 ***
“小磯内閣は「将来は東インドの独立を考える」という方針に転換するのです。現地の16軍は、そういう方針が出たということで、「独立準備調査会」というのを設置(1945年3月)し、「調査会」にスカルノなどを入れて、義勇軍が日本軍に反抗しないよう(一番怖いことだから)、「将来は独立させてやるかも知れないから、その準備を始めるのだ」というような状況のもとで、日本軍の戦況はますます悪化し、ついに45年8月15日を迎えることになります。”
そうなんです!
そもそもこの時から日本はインドネシアの独立を基本的に認めているんですね。
日本が敗戦を受け入れた8月15日からたったの2日後に
オランダはあらためてインドネシアを支配しようと侵攻を開始しているんですね。
歴史の事実は、1949年11月のオランダが独立を認めた日になるんじゃない?
インドネシアは日本から独立したのではありません!!!
日本は もともとインドネシアの独立を認めていたのです!!
これが歴史の事実なんですね。
たまに日本の当時の戦争はアジアの欧米列強からの解放だったんだと
語られますが。
このような話がある事は恥ずかしながら知りませんでした。
多分、インドネシア人も知りません。
だって、お札になっている位ですから。
職場のインドネシアの人達と話をすると
“戦時中の日本は酷かったんだ!”
“オランダの統治の方が良かったんだよ。”
と言います。
“何でそう思うの?”
“学校で習ったよ”
“慰安婦とか…”
皆んな自分よりも年下の20〜40代の人達。
でも、皆んな日本や日本人が大好き!
学校で事実と異なる?勉強を習っても、
現在の日本や日本人の多くの努力が実って、
友好な両国関係が築けています。
独立記念日で少し日本とインドネシアの歴史を再確認しました。